ネバーギブアップ 4話

『いーち にーい さーん しーい ごーお ろーく なーな はーち きゅーう じゅーう もういいかい?』




「頭が痛い……」

 朝起きたら頭の中でシンバルを連発されてるような、ガンガンする頭痛がした。

「本当にマジ、痛いんだけど……」

 並の痛さではない頭痛に思わず顔をしかめる。
 明日はダルかっただけなのに今日は何で頭痛が。まさか悪化した……?

「なんなのよー完璧にダウンなのよ〜?」

「キャサリンか……」

 起きて頭を押さえる僕をキャサリンは部屋の入口でじっとこっちを見ている、ような気がする。

「だから言ったのよーちゃんと言いつけを守らなかったお前が悪いのよー」

「……」

 もう言い返す気力もない。ってかもう言い返すのも馬鹿らしい。昨日はちゃんと寝たってば。

「そしてお前はどうするのよー」

「どうするって……」

 この状態で何をどうするって言うんだ。

「早く決めるのよ〜昨日と同じ時間ならあのレディが迎えに来る頃なのよ〜」

 あぁ、明の事を言ってるのか。相変わらず言葉が少ないぞ。
 学校に関しては今日は休むしかないな、行くのもダルイし。

「休むよ、流石に今の状態じゃ行く気にもなれないし」

「そうするといいのよ〜 学校にはちゃんと連絡しといてあげるのよ〜 ありがたく思うのよー」

「あぁ、頼…って待て、どうやって連絡するんだよ」

 流れ的に頼みそうになったがすぐさまハッと考え直す。
 ちょっと頭を動かしただけでもガンガンする。

「どうやって? それは組織秘密なのよ〜」

「それって企業秘密なんじゃ……」

 まさか属しているのが組織ってオチか! そうか、そうなのか!!

「組織になんて属してないから企業じゃないのよ〜」

 そうですか、そうですか、やっぱりそうですか。的中ですか、ってかどんな組織だよ。
 あぁ、もうどうでも良くなってきた、とにかく早く寝たい。

「もう何でもいいから頼んだ、本気で死ぬ」

「そんなことで死んでどうするのよ〜」

 さっさと寝たい僕は再び薄い布団に潜り込んだ。
 呆れたようなキャサリンの声が聞こえるけど今は無視したい気持ちだった。






 夢を見た。
 真っ白な新品のカーテンを広げたみたいに白くて、綺麗で、波打ち模様が目に入る。
 周りには何も無くて、ただ佇む人が1人。
 こういうシュチュエーションお決まりの真っ白なマントを深く被っていて、性別の判断は難しい。
 歩くわけでもなく、走るわけでもなく、まさに直立不動って言葉が当てはまりそうなそんな感じ。
 風も無いのに微かにはためくマント。

 なんだろう。

 なんだろう……

 なんなんだろう……






「………………」

 そんな感じで眼が覚めたのがお昼。丁度学校のチャイムで眼が覚めた。
 そんなに近くも無い学校からチャイムが聞こえるとは、珍しく空気が澄んでいる証拠か。
 少し汗でベトベトする身体を起こして、意味もなく部屋を見回した。
 いつも通り、何の変化も無いただの部屋。
 いつも通りでいつも通りな僕が居なくなったとしても、いつも通り何の変化も無いんだろうな。
 そんな他愛も無い事を痛みがマシになった頭で考えつつ、もそもそとベットから出た。
 汗をかいたからかな、喉が渇いた。
 この暑いのに薄いとはいえ布団被って寝ないといけないのは風邪とは別の意味で辛い。
 クーラーは流石にいつも通りの温度設定だと駄目だから+3度にしてみた。暑い。

「お昼、なんか食べないと」

 流石に食べないのはまずいと思った。蛇口を捻ってコップに水を注ぐ。
 そのコップを手に持ちながら冷蔵庫の中身を確認してみた。

「…………」

パタン

 冷蔵庫の中身を確認した僕は何も見なかったことにした。
 確かに普段からあんまり物が入ってなかったとは言え、アレはどうなんだ……
 これもきっとキャサリンの仕業なんだろうな。せめて、せめて1言言ってくれ。

「お昼……」

 冷蔵庫の中が―――な状態に愕然としながら今から買い物に行くべきか、
 でも仮にも学校を休んでる身だ、おいそれと出歩いて知った顔にでも会ったら面倒過ぎる。
 そう思考をめぐらせている時だった、何だか知った声が聞こえてきた。

「なんだかお困りのようだね、我がライバル」

 冷蔵庫の前に立っている僕の上、冷蔵庫の上に揺れる触角が見える。

「…………」

 出たなゴキブリ。確かこの声はジョージ? とか言ったな。結構ヌケてるゴキ。
 ってか、僕はライバルになった覚えは無い。

「ヌケてるとは失礼だね。それにボクのライバルと言うことはもう皆が知ってる事実さ。
 今更どうこう出来ると思っているのかい?」

 冷蔵庫の上で直立になりながら僕を見下ろすジョージ。
 広めたのか、広めたのかこの野郎……ゴキに野郎ってのも変かも知れないけど。

「おいおいおい、誤解してもらっちゃ困るね、我がライバル」

「いや、ライバルとかデスネ。ライバルになった覚え、無いんですけど」

 勝手にライバル視されても迷惑なんだけどさ。ってかゴキブリがライバルってどうよ。
 ゴキは人間がライバルで良いかも知れないけど。

「我がライバルはボクが広めたと思っているようだね。心外だ。」

 僕の心の叫びをとことん無視して話を進めるジョージ。
 とぅっと冷蔵庫上からジャンプしてそのまま風に乗り僕の頭上を通過して
 ――ジャンプした時点で相当ビビった――、冷蔵庫前のシンクの流し台に着地したジョージは、
 シンクをよじ登って蛇口の上にストンと腰を下ろした。そして長い足を器用に組む。 「ボクは何にも言ってはいないさ、誤解してもらっては困るね」

「そんな事はどうでも良いよ。で、だ。出てきたって事はなにか用があるんだろう? 生憎キャサリンなら留守だけど」

 どうでもいい事ではないような気もするが、このままでは話が進まないと判断した僕はジョージが何で出てきたのかと聞くことにした。
 蛇口に座られ少し後ずさる。そこから動くな、絶対動くな。

「何だか釈然としないが、まぁいい。話を進めようか。何だかお困りのようじゃないか我がライバル」

「困…? あぁ、確かに困ってはいるけど大丈夫だよ、ゴキの手は借りなくともどうにかできるし」

 というか、手を借りたくてもゴキの手だけは借りたくないのが本心だ。

「本心も分かってしまうこの能力、たまに恨めしいね」

 鼻で笑うジョージ。
 どうやら昨日と同じで筒抜けらしい。便利というか不便というか……便利と不便は紙一重ということか。

「ともかく、そう邪険にしなくても我がライバルとボクの仲じゃないか」

 どんな仲だ、どんな。

「はっはっは、心が通じ合った仲だろう」

 それは一方的です、一方的だから。

「まぁ兎も角、話は聞かせてもらったよ。キャサリンが勝手に食料を食してしまったようだね。
 まぁ、キャサリン1匹で食したのではなく一昨日のパーティに出したんだろう。
 それに参加して食してしまったボクにも少しは責任がある」

 あるような気もしなくはないが、ここは無いというのが正解だろう。
 でもやっぱりジョージは僕の本心を無視して話を進める。

「という訳だ、ありがたくボクの好意を受け取るがいい」

「いや、いいです帰ってください結構です」

 どうな行為なのか謎だが、ここはすぐに断ってお引取り願おう。
真顔で返答してみてもジョージは涼しい顔を崩さない。

「はっはっは、遠慮することはないさ。一緒にショッピングと洒落込もうではないか」

「遠慮してないし、ってか一緒にショッピングとか本当に勘弁してください」

 冗談じゃない、ゴキブリと一緒に買出しに行くなんて丁重にお断りしたい。
 一緒に歩くのか? それともここは小動物(?)お馴染みの肩にでも乗せるのか?
 うぇ、想像しただけでも頭痛カムバック……

「さぁさぁ、行こうではないか。何をモタモタしているんだい? 遅いぞ我がライバル」

 やっぱりと言うべきか、僕の気持ちなんてお構い無しに蛇口から降り、
 玄関のほうに向かって歩き出したジョージは遅い僕に対して触覚を揺らして僕を急かしだした。

「あんまり遅いと街の家々に侵入して我がライバルとボクの友情と冒険の日々を語り回りたくなって……」

「行きます、えぇ行かせて頂きます!」

 なんつう脅し文句だ。こんな日常、ご近所に知られたらどうなることか。
 恐るべしゴキブリ、家々の侵入も簡単って訳か。
 そういう訳で、ジョージと買い物に行くことになった僕。
 何だかゴキの脅しに簡単にひっかかる僕はもう人間として駄目なような気がする。




「して、我がライバル。何を買う予定なのだい? ボクは個人的に今マヨネーズが凄く食べたいのだが」

「……本当に個人的過ぎだろ」

 僕とジョージは家を出て、スーパーに向かうことにした。僕の左下をコソコソと移動するジョージ。
 無言だった時は普通に移動していたジョージだが、話す時は直立二足歩行になってこっちを見上げてきた。
 って言うか、なんで僕がお前の食べたい物を買わないと駄目なんだ。
 その前にマヨネーズって、マヨネーズって何だよ。

「我がライバルといえどマヨネーズを馬鹿にするとは、あのまろやかな喉ごしを愚弄する奴はボクが許さん」

「いや、流石に愚弄まではしてないけどさ。マヨネーズ好きなの?」

 くわっと噛み付かんばかりにこっちを勢いよく見上げるジョージ。
 何だかマヨネーズに執着するジョージに、苦笑しながら僕は訊ねた。流石に声の音量は落として。

「うむ、個人的だが俗に言うマヨラーだと自負しているよ」

「マ、マヨラーなんだ……」

 今度は腕だろう足を組み始めるジョージ。
 ゴキブリのマヨラーって……。どこでそんな言葉を覚えるんだろう。

「どこと言われても、テレビとか普通に見ているのさ」

「へ、へぇ……」

 ゴキサイズのテレビなのか、人間サイズのテレビなのか気になるところではあるな。
 そもそもゴキの文明にテレビがあるのかも謎だが。

「マヨラーって事はアレか? 玉子焼きは醤油とかソースとかではなくマヨネーズかけます! って感じ?」

「なんだその浅はかなマヨラーに対する知識は」

 確かに何だか変な偏った知識だけどさ、近くにマヨラーらしいマヨラーがいないんだからしょうがないだろう。
 ってか、そもそもマヨラーに対する知識とか必要ないんですけどね。
 でもわざわざ直立二足歩行しなくてもいいと思うんだけど、歩く速度落ちて大変なような気がする。

「ボクはどこに行くにもマヨネーズ持参さ。
 でも今日に限って持ち歩いてるマヨが切れてしまってね。いや、我ながら失態だよ、はっはっは」

 せわしなく人間で言う足の役割を果たしている足を動かし歩くジョージ。
 腕を組んだ手と自分の頭を軽く叩く手、足6本あるから当然だけど何だか人間みたいだ。ゴキブリだけど。

「で、切れたから僕に買えと?」

「そういうことさ」

 あっさり肯定されてしまった。ってか、何故僕に言う。

「それは丁度ボクがマヨを捜し歩いていたら我がライバルが買い物に行くとか行かないとか悩んでるではないか」

「つまりついでかい」

 くそ、タイミング悪。冷蔵を探っていたところをマヨを捜し歩いていたジョージに見つかるとは。
 これもあれか、ディステニー?(爆)

「ついで以外の何があるというんだ。まぁ我がライバルがボクとゆっくり話したいと思うのも分からないでもないけどね」

「ま……ったく、話したくないです」

 はっはっは! この恥ずかしがり屋さんめ☆ 等と呟いているジョージを横目で見ながら、僕は溜息をつく。
 分かってはいたものの、やっぱりゴキ相手は疲れる。
 なんだろう、このジョージのポジティブさは。

「人生ポジティブは大切さ、少しはボクを見習いたまえ」

「…………」

 何だかゴキに良いように転がされている。なんだかどうでも良くなって僕は黙り込んだ。
 もう早く買い物して早く帰りたかった。




「マヨネーズだ、マヨネーズを先に籠の中に入れておいてくれたまえ」

「…………」

 こそこそと足元を動き回るジョージを少し故意に踏もうと頑張っていた僕だがジョージの華麗なステップに断念した。
 何だろう、あの踏めそうで踏めない感じ。ストレスが溜まってしょうがない。
 そんな珍道中の末にスーパーに着いた僕は、カゴを手に持って店内を歩くことにした。
 カゴを持って入った瞬間に、ジョージの叫ぶ声が聞こえたわけ。
 マヨネーズって結構奥にあったような気がするから後でな。っで、結局買うのかマヨネーズ……。

「我がライバルは見かけ通りの良い奴だな、さすがボクが見込んだだけのことはあるわけだな。はっはっはっはっは」

 褒められてるのか、けなされているのか……。気が弱いだけなんだよっ!
あぁそうさ、そうともさ。くそ、目頭が熱いぜ。

「なんだい、嬉し涙かぃ? いやぁボクは思ったことを言ったまでさ。
 礼は塩分控えめ、カロリーオフのマヨネーズでよろしく頼む」

 嬉しくて泣けたらどんだけいいか、ここ最近嬉涙なんて流してねぇよ。
 ってかこだわるなマヨネーズ。

「健康第一さ、食物には気を配らないと駄目だろう」

 しきりに頷くジョージ、食べ物に気を配るゴキブリって……
 何気に結構グルメなんだ。

「おぉっと、あそこに見えるのは! 我がライバルよ、確保だ確保!!」

「はぁ?」

「はぁ? ではない、そこのゴキを確保してくれたまえ! 早く!」

 あまりにいきなりの命令に意味が分からず突拍子もない声が出る。
 そんな僕なんてやっぱり気にせず、ジョージはある一点を指指す。
 どうも、さっき入ってきたドアの前に腰を下ろしているゴキを捕まえたいらしい。
 僕が出るよりもジョージのほうが早いと思うんだけど。

「ごちゃごちゃ言わずに行けばいいのだ、ってか行け」

「何その変わりよう。キャラ被ってるって」

 動こうとしない僕にジョージが切れた。キャサリンとキャラが被ってるから。
 あまりに五月蠅いので格好だけでも動いてみる。
 下で格好だけとはなんだ、格好だけとは! とか叫んでるゴキは置いておこう。




「ふぅ、今日も疲れたなー、これからどこ行こうかなー、
 でも動くの面倒だなー、って言うか生きるのが面倒だなー」

「…………」

 な、なんだこの『人生に疲れました』って感じのゴキは。
 自動ドア付近で腰を下ろしながら溜息を吐き出している1匹のゴキ。
 その様をただ唖然と見守る僕。このゴキに一体何があったんだ。

「どうしよっかなー、面白いこと無いかなー、あるといいなー、あぁ面倒臭……」

「あ、あの〜? もし、少し宜しいですか?」

「ん?」

 声をかけるのに少し抵抗があったけど一応声をかけてみた。

「やぁやぁ」

 こっちに気付いた自暴自棄のゴキは1回僕を見上げ、そして下にいるジョージに視線を移動させた。
 下の方で交わされるゴキの挨拶。
 いつもと変らない挨拶と思いきや、今回は少し違うようだ。
 ジョージを見た自暴自棄なゴキはあからさまに冷や汗を垂らし始め…たと思う。

「……ちょっ! 自分が一体何した、ほっとけ、関るな、死なせてくれー」

「まぁ、逃げなくともよい。ちょっいと面貸したまえ」

 ジョージを見た自暴自棄のゴキは一目散に逃げようと後ろを向き爆走……しようとした時、ジョージにがっちり捕まった。
 何だかいい表現じゃないけどジョージが自暴自棄のゴキに抱きつく。

「いやあーーーー! 勘弁してくれ親方、おらぁ悪いことはなんにもやちゃいねぇ、やっちゃいねぇんだっ!」

「ごちゃごちゃウルセェ、言い訳は裏で聞こうか。とか言ってみたり」

「………」

 これは、その場のノリか? ノリなのか?
 自暴自棄、略して自ゴキに抱きつきながら、カサカサと器用に移動するジョージ。
 見ていて気持ちのいいものではない、ってか。吐いていいですか。




「自己紹介が遅れました、自分ゴキ・ジェットって言います」

「殺虫剤!?」

「薩長…? いえそんな対したゴキじゃないんですけど」

 殺虫=薩長って大分違う!
 カサカサと地味に移動してやってきた場所はスーパーの裏。移動時間も半端ない。

「して、ジェットは無所属に見えるね。無所属かい?」

「はい、そうですよー」

 なんだか捕まって観念したのか大人しくしているゴキ・ジェット。
 にしても、無所属とかなんだ? 選挙か? ゴキブリにも選挙みたいなのがあるのか?

「選挙? なんだそれは」

「いや、いいです。僕にかまわず話進てちゃって下さい」

 マジで筒抜けだな。なんだか意味分からずって感じの顔でゴキ・ジェットさんがこっち見上げてるし。

「まぁ、いいか。とにかく無所属なら是非どこかしら所属するべきだと思うのだよ」

「いえ、結構です。面倒なんで」

 即答。意志強そうだ、ってか所属って何なんだ。

『めぇんどぉお! 何抜かしてんねん、おのれぇ!!』

 ………。
 勘違いしたら駄目だから言っておくが録音音声みたい。
 ジョージはどこから出したのか、手に小さな機会を持っていた。そこからあのドスの聞いた声が流れてきたわけ。
 ちなみに小さいってゴキサイズだから人間からしたら相当小さい。豆よりも小さい。

「な、ナンダヨ! そんな脅しには屈しないぞ」

 とか言いつつ、相当ビックリしたのか初めの方、声が裏返ってるよ。

「そういわずに、話だけでも聞いてくれたまえ。別に無理強いするつもりはないよ」

「話だけとかいって最終的には入れるつもりだろ! この前だって変な奴がしつこく……」

 勧誘? 悪徳商業の勧誘なのか?

「なんだ、もう先に越されていたのか。前のはどんな奴だったか覚えているかい? 知ってるゴキなら注意しとくよ」

 まさか親身になって近づき親しくなった途端に……!? 危ない、ジェットが危ない!

「……確か、キャサリンとか言う奴だったな。知ってるのか?」

 キャサリンの名前を聞いた途端、僕はマシになってた頭が再び痛くなるのを感じた。
 キャサリーン! いつも何してるのかと思えば勧誘か。悪徳っぽいけどマジでしたか、プロでしたか!

「キャサリン、か。あぁ知っているとも。にしてもキャサリンからよく逃げられたね。きっとしつこかっただろう?」

 ジョージはキャサリンの名前が出て嬉しそうだ。知ってる友達の名前を聞いて可笑しいのか。
 にしても、しつこそうだよなぁ、キャサリン。

「しつこいってもんじゃない! 昨日は近くの学校に行ってたんだけど四六時中付いてくるんで本能的に逃げてやり、
 やっとの事で撒いたんだ。いやぁ、本当に怖かった」

「はっはっは、それは災難だったね。後でキャサリンに言っておくよ」

 と言うことは、昨日キャサリンが学校に居たのはジェットを追い掛け回してたのか。
 意外なところで理由が分かったわけか。あぁ頭痛が……

「本当に言っといてくれ、もう追っかけまわされるのは懲り懲りなんだ」

 昨日相当酷い目に遭ったのか、心から疲れているようだ。
 まぁ、あんな五月蠅いのに追っかけまわされたらトラウマになりそう。

「ふっふっふ。今の発言は秘密にしといてあげるよ、我がライバル」

「お、お願いします」

 あぁ、またジェットが意味不明な感じで見上げてるよ。
 そして暫く見上げているなと思っていたら手を上げだした。

「もしかして、あなたが修羅さんですか?」

「そうだけど」

 手を上げて発言するってどこの学校だよ。
 まぁこの際どうでもいいか。ってか何で知ってる。

「やっぱり! 彼の有名な正義修羅! 正義なのに修羅って変な名前ですね」

「……」

 4話にしてやっとその突っ込み。ここは怒るべきか、それとも笑ってスルーすべき?
 ゴキブリに怒るってのも変な感じだよなぁ……と苦笑してみる。

「いやぁ、流石我がライバル、有名人ではないか!」

 嬉しくない、嬉しくない。ゴキに有名でも全然全くちっとも嬉しくない。

「あのしつこいキャサリンってのが言ってましたよ。良い助手見つけたのよ〜 これからバシバシ教育しようと思うのよ〜って」

 言いふらしてたのはキャサリン、お前かあっ!!!!!

「まずはボクに謝りたまえ」

「って事は、ライバルの件は広まってないって事? なんだよ紛らわしい言い方だな」

「いや、それはばっちりボクが…・・・あ」

「………」

 やっぱりというか、お前しかいないだろう。
 思わず口に出た言葉に遅いつつも口に手を当てて慌てながら、僕から目を逸らすジョージ。
 筒抜けだろ。あぁ? 聞こえてるんだろ?

「とにかく凄いウキウキで話してました」

「ふ、ふむ。相当嬉しかったのだな。下僕ができて」

 はいはい下僕ですけど何か? こうなれば慣れだ、これも慣れてやる。




「いやぁ、今日は良い仕事をしたね。清々しい!」

「ソ、ソウデスカ」

 結局ジェットとはゴキ同士連絡先を交換しただけで終わったらしい。
 ゴキ同士のやりとりは分からん。
 僕は肩書き『キャサリンの下僕』を手に入れた☆ 嬉しくねぇ。

「我がライバルも初仕事乙」

「乙って……」

 また、そんな現代の言語を……ってか初仕事って、僕は立ってただけですけど。

「さっきも思ったんだが、我がライバルはキャサリンから何も聞いてないのか?」

「聞く?」

 話らしい話は何も聞いてないな。昨日もあんまり顔あわせなかったし。

「我がライバルの仕事内容さ、初めてあった時に聞かなかったかい?」

 仕事内容? 初めて会った時……助手とかいうアレか?

「助手か、助手としか言ってないのかキャサリンは」

 うむ、成る程それで……。と1匹手を顎に当て納得し出すジョージ。
 1匹だけで納得されるとなんだか置いてかれているみたいで不愉快極まりない。

「これは悪かったね、失礼。今から説明しよう。どういう助手かというと……説明が難しいな」

 今後は頭を抱え出した、忙しないぞ。

「簡単に言えば……そう、さっきみたいな仕事だ。我がライバルの言葉を借りるなら悪徳勧誘」

「……」

 間。
 衝撃。
 雷に打たれた! って感じじゃない。そんな表現は生ぬるい。
 例えるならそう、いきなり拳銃頭に突きつけられて『お前今から死ぬぞ★ バーン!』みたいな感じ。
 雷ならまだ生存確率あるけど頭に拳銃、物言わぬ間に撃たれたら生存率0だろ! わ、分かりにくかったら悪いけど。
 とにかくはぁ? ちょっと待て、ふざけんなよゴキブリ。

「俺もあれするの? ゴキブリ見つけて組織入らない〜? って言うの?」

「我がライバル、一人称が変ってるぞ」

 一人称も変るほどおっかなびっくりの混乱状態。
 嫌だ、アレだけはしたくない! ってかゴキブリ相手に何勧誘してるんだよ。
 ゴキブリと話しているので十分変なのにまだ先にレベルアップするのか? そんなレベルアップはお断りだ。

「そんな全身全霊で拒絶されると傷つくぞ。まぁなんだ、そう悲観的にならずとも軽い気持ちで行こうではないか」

 僕の気持ちは筒抜けで、あまりにオーバーじゃないようでオーバーなリアクションに少し傷つくジョージ。
 お前も傷ついたりするんだな、とか少し感心してみたり。
 軽い気持ちで付き合えるまで流石にもう少し時間が必要です。

「そうだな、まずは友達100匹作ってみようか」

 それはつまり、友達100匹ゴキ100匹ってことだろう。ってことは100匹のゴキと友達フレンドリー♪ に!!
 なんていうか、なりたくないような、なりたくないような。

「なりたくない、しかないではないか」

「なりたくないし」

 家に100匹ご招待♪ 想像しただけでも卒倒。

「まぁ、とにかく今夜にでもキャサリンにまた詳しく聞いてみるといい。頑張りたまえ、キャサリンの下僕」

 うぐ、とにかくキャサリンに話を聞かないと始まらないというわけか。
 いや、もうとっくに始まってるんだけど。
 キャサリンと出合ったあの瞬間から僕の人生は大きく変ったわけだ、それが結果的に悪いほうに行くのか、良い方に行くのか。
 まだこの時点ではさっぱりだけど、さっぱりな分さっぱりらしくさっぱりと足掻いてやる。
 これが今できることだろう、そう思った。




「結構時間をくってしまった、そろそろマヨネーズを食す時間だ。さぁ早く買ってきてくれたまえ我がライバル」

 こいつは最後までこんな態度なんだろうな……





5話を読む

UP時期:2006/5/17