ハナミズキ
〜ヴェイグも悩めるお年頃〜

「鼻水の、樹?」

「ティトレイさん、鼻水、樹ではなく、ハナミズキです」

 ティトレイが樹にかかった札を見ながらなんだか変な樹の名前を呟くので、
 すかさずアニーが紅茶の入ったカップを持ちながら真顔で突っ込む。

「鼻水の樹……、気持ちが悪いな」

「ティトレイ〜、それでも樹のフォルスの使い手?」

 ヴェイグは口に入れかけたピーチパイを口から遠ざけ、
 マオがやっぱりティトレイって馬鹿なんだね……と、言いたげな視線で言う。

「いや、この札の“ハナミズキ”の“キ”の部分が消えかかってるだろ?」

 それでだよ。と、ティトレイが樹の札を指差して言う。
 旅の途中な一行は、丁度よい木陰を見つけたので、休憩をとっていた。
 ついでに小腹が空いたので、お茶をしようということになったのだ。

「ハナミズキ、花言葉は『私の想いを受けてください』『返礼』因みに4月23日の誕生花です。
 ハナミズキ(花水木)は北アメリカ原産のミズキ科ヤマボウシ属の落葉高木で、和名アメリカヤマボウシ。
 花期は4月下旬から5月上旬で白や薄ピンクの花をつけるものがあり、
 秋につける実は複合果で赤く、庭木のほか街路樹として利用されています。
 1912年に東京市がアメリカへ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、
 その返礼として1915年へ渡ってきたという話が有名です。
 日本へ最初に入ってきたのは明治中期。英名はdogwoodですが、
 これはハナミズキの皮の煮汁で犬のノミ退治を行ったことによるためで、樹皮や根皮には、整腸や強壮に効果があるんですよ」

 一同、ただただ呆然。
 ティトレイなんかは半分口が開いている。

「……なんだか聞きなれない地名が混じっていたな」

「まぁ、そういう疑問はこの際こっち側においておいて……」

 アニーが笑顔で、手で何かをどける仕草をする。
 スルーだ、凄い笑顔でスルーしたよ、この人。

「とにかくこの木は“鼻水の木”ではなく、“ハナミズキ”ですよ、ティトレイさん」

「ほぉ〜、にしても綺麗なんだろうな。見てみたいな、どんな花だろうな〜」

 1人浮かれるティトレイ。
 なんだか前前回もこんなノリだったような気がしないでもない。

「ティトレイさ〜、一応樹のフォルスなんだから、その気になれば出せるんじゃないの?」

「そうね、この樹いっぱいに咲かせてみなさいよ」

 マオは相変わらずの視線でティトレイを見ながら。
 ヒルダは、関係ないわ、いつもの事でしょう?
 という少し小ばかにしたような口調でお茶を1口。

「わぁ、それって凄く素敵ですね。なんだか“花咲かお兄さん”って感じがします!」

「クレアさん、それもどうかと思います」

 クレア(inアガーテ)が、手をパフッと合わせながら嬉しそうに続く。
 それに冷静に突っ込んだのは、やはりアニーだ。
 “花咲かお兄さん”って……
 そんなクレアの様子を見たヴェイグの眉がかすかに動く。

「おぉ〜! 枯れ木に花を咲かせましょう〜♪って感じか!」

「この樹は枯れてないけどネ〜」

 マオが暖かい紅茶を一口、口に含みながら言う。

「きっとティトレイさんなら出来ます!」

 なんだか根拠のない自信に満ちた瞳でティトレイを見るクレア。
 そんなクレアの様子を見たティトレイはノリノリだった。
 ヴェイグの眉間に皺がよる。

「……ヴェイグ〜、もしかして対抗心燃やしてる?」

「…………」

 対抗心=ヤキモチ
 マオは、ヴェイグが少しティトレイにヤキモチを焼いているんだ! と思ったのだ。
 ヴェイグはマオの方をチラッとみるとすぐに視線を逸らし、下を向く。
 なんだかいつにも増して元気が無い。
 ヴェイグはクレアが嬉しそうなら自分も嬉しいが、なんだか今日は違ったようだ。
 そんなヴェイグを見たアニーが少し考え込む。

「氷のフォルスで出来ること、ですか」

 その言葉を先頭に、皆口々に氷で出来ることについて喋り出した。

「忍耐強さの修行ができる」

「お酒をロックで飲むときに便利よね」

「……う〜んと、凍り漬け?」

 ユージーンが珍しく喋った!!
 ヒルダさん、それはなんだか違う気がします。
 マオは何とも直球な意見だ。でも何故疑問系。

「マオ、何気にさらっと怖いことを……」

「ユージーンは普通すぎるんだヨ」

「忍耐強さの修行って普通じゃないと思うけど?」

「ヒルダさんは本当にお酒が好きなんですね」

 何も発言しなかったアニーがほんわかという。
 ほんわか過ぎて不気味だ。

「ヒルダ、飲みすぎは良くないヨ?」

「お子様にはお酒の良さが分からないわね」

 ふっ、と何故か勝ち誇ったように優雅な手つきで髪の毛を払うヒルダ。
 それを見たマオが、すかさず反撃に出た。

「おばさんには氷漬けの良さが分からないんだヨ」

「Σおばっ……」

 あぁ、そうさ、氷漬けの良さが分かるのはちびっ子だけさ、
 と言いたげな瞳で遠くを眺めるマオ。
 自分をちびっ子と認めてどうする。

「ぶつよ……」

 おばさんと言われたヒルダはドスの効いた声でマオを威嚇する。
 お互い目はあわせていないものの、確実に2人の間には火花が散っていた。
 ちびっ子VS姉御。
 今から戦いの幕が上がろうとしていた!!

「ヒルダさん落ち着いてください、マオも」

 珍しく仲裁に入るアニー。
 それを見たユージーンがほっと胸を撫で下ろ……

「氷漬けもお酒も生半可です。殺るなら徹底的に潰すのみ」

 せなかった。思わずズルっと音を立ててユージーンの鎧がズレる。
 分かっていたさ、あぁ、分かっていたさ。と涙を噛み締めるユージーン。
 そんな心境のユージーンを知ってかしらずか、アニーはちびっ子と姉御に力説を始めた。
 いや、きっと分かってやっているよ、確信犯だね。

「考えても見てください、相手はティトレイさんですよ?
 ちょっとやそっとじゃ理解するなんて思えません」  いや、何を理解するんだ。と心でぼやくユージーン。
 いつもの如く、ティトレイを殺る方向へさり気無く持っていくアニー。
 アニーは何かティトレイに恨みでもあるのか……?
 その前に、いつから氷のフォルスで出来ること=ティトレイ殺になったのだろうか。
 当の本人はクレアと花見月の木の下でまだ盛り上がっている。

「2人共見てください、あのヴェイグさんの“大切な人を拉致され追いかけて
 助けに行く途中で大切な人が親友に寝取られてなんだコイツ喧嘩売ってんのか? あぁ!?”って感じの顔を!」

 アニーの指差す先には、なんとも悩ましげな表情でティトレイを睨むヴェイグの姿が……

「って言うか、ヴェイグとティトレイを比べたら言うまでもなく圧勝だよネ」

「比べるだけ無駄だと思うけど……」

 ヒルダが言い終わる前に、ヴェイグは意を決したみたいに木の下のクレアに向かってツカツカと歩き出す。
 なんだか、クレア以外興味が無いみたいだ。凄いオーラが見えたり見えなかったり……

「これは1回やってみる価値ありだなっ」

「はい、ティトレイさんならきっと上手く出来ますよ!」

 忍び寄る影に気付かず、相変わらずな盛り上がりの2人。
 どうやら、何かを計画し終わって実行する気らしい。

  「じゃ、早速ヴェイグ呼んでパッと……」

「そうですね、早く呼…ヴェイグ!」

「………。」

 話している最中に視線を感じたクレアが、なんとなく振り返るとそこには影が薄そうな男、
 ヴェイグがティトレイを無言で睨みながら立っていた。
 アニーとマオの話みたいに、密かに闘争心に燃えているのに冷静を装っているように見えなくもない。

「ヴェイグ! 丁度よかった、今から呼ぼうと思ってたのよ」

「そうそう、今呼ぼうと思ってたんだよ! ヴェイグもハナミズキを眺めにきたのか?」

 いまだにこっちを睨んでいるヴェイグを見た、ティトレイが少し気になったのか尋ねる。

「……クレアを、見にきたんだ」

 サラッと普通に言ってのけるとヴェイグは、そっとクレアを見つめる。

「ヴェイグ……」

 それを見たクレアもヴェイグを見返す。
 手と手を取り合い、2人の世界を作り出すヴェイグとクレア。

「ちっ、分かったよ。2人共お幸せになっ☆」

 ヴェイグ達に背を向け爽やかにアニー達の方へ歩き出すティトレイ。
 なんだか背中には、哀愁を漂わせていたりいなかったり……

「……と、言う会話があそこでは展開されているんですよ」

「説明が長いよ、アニー」

 今までの話は、3人のやり取りを少し離れた所から見ていたアニーの、ちょっとした茶番劇だった。
 ヴェイグならあり得そうだが……。

「アニー達は一体何してるんだ?」

 そこにさっき楽しそうに話していたティトレイが戻ってきた。
 アニー達が、あんまり楽しそうにティータイムを楽しんでいない
 ――アニーを中心にして円を作り、特定な人物を除いて、皆ティーカップを握り締め、怪談話でもしているような緊迫した――
 様子だったので、ティトレイが思わず尋ねる。

「ティトレイこそ何しに戻ってきたのさ?」

「なんだかトゲのある言い方だな」

 どかっと言う効果音が似合いそうな感じで、ティトレイは皆の輪の中に座って話に参加する。
 そこにまさかアニーの説明どおりに本当に戻ってきたのかと思ったマオが、ティトレイに質問する。

「俺か? 俺はヴェイグがクレアさんに話しがあるって言うから邪魔をしたら悪いと思ってさ。
 こっちでゆっくり茶でも飲もうかと思ったんだよ。……なんだマオ、その眼は」

 その眼マオの眼は、なんだ、アニーの推測と遠かれ近かれ当たりじゃん。
 つまんないヨ。っと、言うつまらなさが150%こもった眼差しだった。
 推測と大分違う。

「そしてアニーはどうしてそんな怖い眼で俺を見てるんだ……」

 視線を感じてアニーをチラリと見たティトレイだが、見た瞬間激しく後悔した。
 アニーは、じとーっとティトレイを睨みつけていた。
 いつもがいつもなだけに相当怖い。
 なんかしたのか俺!? と心の中でびくびくしつつ自問自答を繰り返すティトレイ。
 アニーにしてみれば、あぁそうだった、ティトレイさんはそういう人だった。という感じなのだろう。

  「いや、別に深い意味はないんです。ちょっとティトレイさんらしいな〜と思っただけです」

 なんだかさっきまでの盛り上がりが嘘のように、テンションが下がったアニーは
 溜息を1回すると下を向いてティーポットに手を伸ばした。

「とにかく、ティトレイさんもお茶どうですか? 入れたてなので美味しいですよ」

 ティーポットと新しく出したお茶菓子を手にして、顔を上げたアニーの顔は、
 さっきの重い沈んだ顔が嘘のように満面の笑みだった。
 その場に居た一同――ヴェイグとクレア以外――は一斉に悟る、今回は何を入れたんだろう……と。

「そ、そうか? じゃ、喜んで頂くぜ☆」

 アニーの顔が笑顔に戻ってホッとしたのか、
 何の疑いも無く紅茶の入ったカップを進められるがまま手に取るティトレイ。
 一同は思った、「こいつは正真正銘の馬鹿だ」と。

「はい、熱いですからゆっくり飲んでくださいね」


 朗らかに笑うアニー。



 カップを口に運ぶティトレイ。



 こんな状況お構いなしなヴェイグとクレア。



 ドキドキしながら、見ているだけで止めようとしない一同。



 そして、遂にティトレイがカップに口をつけ、紅茶をひとく……

「あ、そういえば」

 ティトレイの行く末を見守っていた――アニーとクレアとヴェイグを除く―― 一同が一斉にコケた。
 もうすぐ口をつけ飲もうとする瞬間にティトレイが何かを思い出したようだ。

「な、なんだヨ、ティトレイ〜」

「飲むなら一気に男らしく飲みなさいよ」

「…………」

 なんで皆コケて自分に逆切れしているのか分からず頭に「?」を浮かべながら、カップを側に置くティトレイ。
 ユージーンは表情からしてなんだかホッとしている。
 そんなティトレイに朗らかな笑顔を向けてアニーが話しかける。

「どうしたんですか? なにか言い残したことでも?」

 言い残したことってのはどうだろう……
 朗らかな笑顔で包まれたそんなアニーの1言に気が付く様子も無くティトレイは話を続ける。

「さっきクレアさんと話してたんだけどな、今日のヴェイグって元気ないないだろ?」

「う〜ん、そう言えばいつも暗いけど今日は1割り増しくらい暗いよネ。
 なにか悩み事でもあるのかも知れないヨ」

 どうやらさっきの会話は、ヴェイグがあり得ない発言を言うまでは当たっていたらしい。
 ティトレイに指摘され、一同がそう言えばと思い出す。
 今日のヴェイグは確かに少し暗かった、昼ご飯を食べている時も、
 さっきだって考え事でもしているのか常に暗い顔を更に暗くさせ、
 「どうした?」と聞かれる度に「何でもない……」の一点張り。

「だろ? だから、ここは皆でヴェイグを元気付けてやろうぜ☆
 クレアさんも手伝ってくれるって言ってくれたしな」

 元気付けるのが得意なティトレイはやる気十分だ。
 同じく今ここには居ないが、ヴェイグを想う気持ちが強いクレアもティトレイと同じくやる気は十分のようだ。

「それはいいが、どうやって元気付けるつもりなのだ?」

「そうだよネ、ただのパーティってものつまんないヨ」

「それはバッチリ考えてあるぜ!」

 ユージーンとマオが口々と疑問を言うなか、ティトレイはもう内容を考えていたらしい。
 さっき話していた事はこの事だったのだろう。

「まずはクレアさんにピーチパイを焼いて貰ってだ、最後に俺があのハナミズキの木にバーンっと花を咲かせる!」

「それってほとんど決まってないじゃない」

 名案だろう! と言わんばかりに、自信満々に言い放ったティトレイにヒルダがきついツッコミをする。
 まぁ、確かに漠然としていて細かい内容がまるで決まってない、始めと終わりだけが決まっている内容だ。
 こんな漠然としていて薄いパーティはパーティとは言わないだろう。
 楽しい時は楽しいだろうけど。

「つまり、内容を改めて決めないといけませんね」

 思いっきり話題がそれたので、残念そうにティトレイの側にあるお茶以外を片付けるながら、新たな話題に参加するアニー。
 マオはマオで、お茶菓子を1つ摘みながら口に放り込んで咀嚼する。

「でも、ころパーティの目的は『ヴェイグを元気付けよう』って事らよネ?」

「そういう事になるな」

 マオの話を頷きながら聞き始めるティトレイ。
 マオは咀嚼していた、クッキーを飲み込むと同時に話を再開した。

「つまりさ〜ヴェイグが悩んで元気が無い訳なんだから、その悩みを僕達で解決すればいいんじゃないと思うんだけど」

「ま、まぁ…そう言う事になるな」

「ですが、ヴェイグさんが話してくれるでしょうか?」

 マオの話に頷きながら聞いていたティトレイは、残念そうにマオの話を聞き続ける。
 どうやらティトレイはヴェイグの元気付けパーティと評して、ただ自分が騒ぎたかっただけなのかもしれない。
 そこに、的を射たアニーの発言。
 確かに、今までも自分の悩み等を一人で抱え込む性格のヴェイグ。
 そう簡単には話してくれないとアニーは思ったのだろう。
 アニーは新たに入れたダージリンティーを改めてみんなのカップに注いでいく。

「だが、案外真剣に話せばヴェイグも分かってくれるのではないか? 浜辺の事もあるわけだしな」

「そうだね〜、あの時のことを話しに出せばヴェイグも話してくれるかもしれないヨ」

 浜辺、そうあの有名な、テイルズファンを感動と笑いの渦に(作者だけ?)誘ったあの『男なら拳で語るのだイベント』。
 作者もあれには驚いた、最高だよあのイベント!!! と個人的意見はさて置いて。
 あのイベントを汚点と思っている当サイトのヴェイグだが、あのイベントから大分自分のことを話すようになったのは真実だ。

 時間軸が可笑しいのは気にしないで下さい。今に始まったことじゃないけど……。

「ふむ、善は急げ。ここでとやかく言うよりも直接ヴェイグに聞いた方が良いだろう」

 ユージーンの言葉に皆、賛成したのか、それぞれの顔を見合わせて大きく頷いた。
 それを見たユージーンは、アニーの入れてくれた新しい紅茶をゆっくりと1口飲んだ。

 



「ヴェイグ〜!!!!」

 善は急げで、早速大声で呼びかけるマオ。皆マオの後ろに続く。
 クレアと2人でハナミズキを真剣に眺めていたヴェイグは呼ばれて無表情で振り返った。

「……? そんなに離れてもいないんだし、そんなに大声を出さなくてもいい」

「そんなことはいいんだヨ、それより僕達ヴェイグに聞きたいことがあるんだけど」

「そんなことなのか?」

「そんなことだヨ、第一この近くには僕達以外いないんだから大声出しても問題なし!」

 細かいところに気がつく男ヴェイグ。
 そんな首をかしげるヴェイグの様子をスルーしながら、マオはヴェイグを見上げてぴょんぴょんと跳ねる。

  「ヴェイグ、今日何だか悩んでるよネ? 何に悩んでるのか教えてヨ」

「おいマオ、超ド真ん中のストレート打球だな……」

 本当にそのまんまだった。
 超ド真ん中のストレート打球、マオは下手な変化球よりもストレートで聞いた方が良いと考えたのだ。

「ヴェイグ……」

 クレアにまで心配そうに見上げられ、マオとマオの後ろの仲間にまでも熱い視線を注がれるヴェイグ。
 ヴェイグは、相変わらず無言だが、表情は無表情ではなくなっていた、少し汗をかいている。
 どうも、何かに悩んでいるのは図星らしい。
 あまりに凄い仲間の視線に無意識に半歩後退るヴェイグ。

「どうも、悩んでいるのは本当らしいわね」

「そうだな、あの汗が決め手だろう」

 マオの後ろでユージーンとヒルダが声を小さくして話しだす。

「明らかに動揺していますね。しかも、超ド真ん中のストレート。マオの聞き方が良かったんですよ」

 その会話にアニーが加わる。

「そうだな、いきなりしかも何の前触れも無く、だ。誰だって驚き動揺するだろう」

 そんな話な外野は置いておいてマオの説得は続く。

「ヴェイグは話したくないのかもしれないけど、僕達ヴェイグが心配なんだヨ。氷のフォルスが暴走して時みたいに」

「…………」

 “氷のフォルス暴走”と言う単語にヴェイグが少し反応する。
 アニーが、あともう一押しよ、マオ。と後ろでマオに熱い眼差しを送りつつける。
 それに気がついているのか気付いてないのか、マオは最後のラストスパートにかかる。

「ヴェイグは何考えてるのか分かんないんだから、言葉で伝えてくれないと分かんないヨ」

「…………」

 トドメと言わんばかりの心配そうなクレアの眼差しに、マオの後ろに居る一同は揃ってガッツポーズをする。
 普段ノリの悪い人も居るけど、今この時の皆の心は1つになった。
 しかし、クレアの表情は心配と言うより困ったような感じも漂っているように思える。

「いや、悩みといっても悩みというのも微妙なんだが……。どちらにしろ些細な事だ、そんなに大袈裟に……」

 あまりの迫力に思わずヴェイグが気迫負けしてしまったようだ。
 言葉少なく、眼をそらせるヴェイグ。

「些細なことでも悩みは悩み! 悩みに大きいも小さいもないヨ」

「そうです、ヴェイグさん。水臭いです」

「ヴェイグ、俺達仲間だろ?」

 言葉を濁すヴェイグだが、マオやアニー、それにティトレイがそれを許さない。
 このチャンス絶対無駄にしてなるものかと食い下がる。
「いや、悩みという訳でもないんだが、言っても良いのか、言わない方が良いのか、と……」

「誰に?」

 ボソボソと言うヴェイグの言葉を一同は、耳を澄ませて一字一句逃してたまるかと言う勢いで話の先を促す。
 促すと言っても無言で脅迫されているような錯覚に陥るヴェイグ。

「ティ、ティトレイだが……」

 ヴェイグの口から出た言葉は『悩み=ティトレイ』と解釈するには十分だった。
 この思いも寄らない言葉にティトレイは驚きを隠せない。

「お、俺!?」

 身に覚えの無いティトレイは思わずヴェイグに聞き返した。

「ティトレイ、一体ヴェイグに何したのさ〜。まさか本当にクレアさんを寝取っt……」

 さっきの話を思い出したのか、マオが真剣な面持ちで横のティトレイを見上げる。

「何の話だ何の!!」

 あまりにいきなりの疑いに微かに顔を赤くして否定するティトレイ。
 本人も必死だ。

「マオ、あれは例え話だから」

 そんな2人のやり取りをみたアニーが、マオにさっきの話は違うのよ、と指摘してやる。

「まぁ、とにかくティトレイが原因だと言うことは分かった。ヴェイグ、ティトレイが何かしたのか?」

「そうね、ティトレイならやりかねないし、あり得るわね」

「いや、だから……、ティトレイが何かしたって訳じゃない。ただ、非常に言いにくいんだが……」

 再び言葉を濁すヴェイグ。
 そのヴェイグの近くでティトレイが悪いように言われ、落ち着きが無くなっていくクレア。
 目線が上下左右へと落ち着きが全く無い。

「……クレアさん、もしかして知ってたりする?」

「狽ヲぇ!? いや、あの、でも……」

 急に話を振られて驚くクレア。
 話をふった本人、マオの方を見ると、オロオロしながらこちらもこちらで言葉を濁す始末。
 そんな2人の様子を見たティトレイが、堪えきれずに叫ぶ。

「俺が何かしたんならはっきり言ってくれ。俺2人に何かしたのか?」

「いや、してない。何もしてない」

「そうです、ティトレイさんは何も!!」

「じゃ、なんなんだよ! 2人揃ってそんなに言葉に濁して、何かあるんだろ!?」

「「…………」」

 もうこの空気と場に耐えきれるか! と言う感じで思いを熱く叫ぶティトレイ。
 そんなティトレイを見た2人は思いっきり否定する。
 が、今のティトレイには効果無しな様子に、どうもヴェイグとクレアは意思を固めたようだ。

「……分かった、俺から話す。原因は俺にあるからな」

「あぁ、話してくれ。俺はちゃんと聞いてお前に謝る」

「だから謝る必要はないんだが……」

 そう言うと苦笑するヴェイグに、ドーンと構えるティトレイ。
 心なしか、なんだか頼もしいぞ。

「でも、話すなら2人で話したほうがいいんじゃないかしら……」

「そ、そうだな。そうの方が……」

 クレアの意味深な言葉に深く頷くヴェイグ。
 早速ティトレイだけを呼び話そうと思ったその時。

「えぇ〜! ここまで話したら僕達も聞きたいヨ。また殴りあうつもり?」

 マオの不満たっぷりな声が飛んできた。
 どうやらマオはここまで聞いたのだから全て聞きたいのだろう。

「マオ、これは浜辺で殴りあった者の友情の証。そう無理を言うな」

 そんなマオをユージーンがなだめる。
 ユージーンは、2人がいいと言うのなら、ここは2人で話し合うべきだと思ったのかもしれない。
 “殴りあった”という単語にヴェイグは密かに苦笑する。

「俺は別に聞かれても構わないぜ? やっぱり皆も気になるだろうし、
 何より皆に聞いてもらった方がいいと俺は思う」

 そんな2人の意見を聞いたティトレイは、やはりこの問題は皆に聞いてもらうべきだという判断を下す。
 その判断を聞き、顔を見合わせるクレアとヴェイグ。
 ティトレイ本人がそう言うのならと、納得したようだ。

「じゃあ言うぞ。ティトレイ……」

 ティトレイに向き合うヴェイグ。

「お、おぅ……」

 ゴクッと喉を鳴らし、緊張しつつ真剣にヴェイグに向き合うティトレイ。
 遂にヴェイグの悩みが発表される。
 皆、無意識か無言になり、ティトレイとヴェイグを見守る。

「ティトレイ、お前の……」


「俺の……?」


「お前の……ズボンのチャックが全開なんだ」


「は?」

 ヴェイグの悩み、それはなんとティトレイのズボンのチャックだった。
 珍しいシリアスな場面が台無しだ。
 一瞬意味が分からなかったのか、放心状態だった一同の目線がティトレイのズボンのチャックへと注がれる。
 まぁ、チャックといってもティトレイの場合腰に布だかを巻いているのでパッと見には分からないだろう。
 マオが思いもよらない発言に放心状態のティトレイの真横へと、てくてく移動し、布の隙間からズボンを見て確かめてみる。

「……本当だ、全開だヨ、ティトレイ」

「本当だな、見事に全開だ」

 何故かユージーンまで横に並んでいる。
 そこに現実に戻りかけのティトレイが無意識に布を押さえるがもう遅い。

「ティトレイ、なんで今まで気がつかなかったのさ……」

「ふむ、トイレの時などに気がつきそうだが……」

 マオに見上げられ、ユージーンに見下ろされて、やっと放心状態から完全に戻ってきたティトレイは、
 自分が2人に嫌な思いをさせていないと分かると心の底から安心したのか、頭を抱えながらその場にへたり込んでしまった。
 へたり込むといっても、かわいらしい方ではなく俗に言うヤンキー座りだ。

「なんだよ〜、チャックかぁ、そんな事でよかったぜ……」

「へたり込むのはいいけどティトレイ、いい加減チャック上げなヨ」

 本当に全開だな。と笑いつつ自分に突っ込みながら立ち上がったティトレイは、
 何事も無かったかのように自分のズボンのチャックを上げた。
 女性2人の冷たい視線なんて気にしない。

「ってか、ヴェイグもよく気がついたネ。ある意味凄いよ」

 ティトレイの行動に呆れしか浮かばないマオは誰1人気がつかなかったティトレイのズボンのチャック。
 それにいち早く気がついたヴェイグに素直な感想を送る。

「俺とティトレイは前衛だからな。戦っている時に気がついたんだが、
 なかなか言うタイミングが掴めなかったんだ……」

「ヴェイグ、伝えられて良かったわね」

「あぁ、そうだな……」

 なんだか胸のつかえが取れて、表情が心なしか明るくなったヴェイグを見て、クレアもとても嬉しそうだ。
 実は、クレアはティトレイがさっき去って行った後にヴェイグから最後の命綱とばかりに手を握られ、
 話しを聞き、最も良い考えを考えていたのだと言う。
 さすがに皆の前ではティトレイが恥ずかしいだろうと思ったのだ。
 まぁ、結果的にはこうも悩む必要は無かったのだが。

「にしても、ズボンのチャックであんなに悩めるなんて知りませんでした」

「そうよね。もっと気楽に伝えれば良かったんだと思うけど……」

 ヴェイグがティトレイを気にして睨んでいたのは悩みすぎが原因だったんですね。とアニーは納得する。
 ヴェイグの悩みが分かり、なんだかドッと疲れが出てきた女性2人は、2人揃って苦笑した。

「ヴェイグ〜、僕達に何か言うことがあるんじゃないの?」

 なんとかヴェイグの悩みを解決出来、上機嫌なマオは明るい笑顔でヴェイグの顔を見上げる。
 それに答えるべく、ヴェイグも乏しい表情をフルに使い感謝を表す。

「あぁ、そうだな。皆心配かけてすまなかった、ありがとう……」

「どういたしまして☆」

 ヴェイグの言葉を聞いたマオと一同は、終わりよければ全て良し、と思いヴェイグの感謝に微笑みを返す。

  「さ〜て、ヴェイグが元気を取り戻したんだから、お茶会を再開しようぜ!」

「賛成〜!」

「じゃ、作り置きしていたピーチパイを出しますね」

「私は新しい紅茶を入れます」

 クレアが嬉しそうに尻尾を揺らしながら、旅の荷物に駆け寄って行く。
 アニーはまた紅茶を入れなおすべく、ポットのある所まで移動し始めた。
 そんな様子を見たヴェイグが、皆に提案する。

「どうせなら今日はここで1泊すればいいんじゃないか? 今から出ても次の街には着かないだろう」

「そうだネ〜、今日はここで野宿しようヨ!」

 マオは新しいクッキーに手を伸ばしながら言うと、またまた口にクッキーを放り込む。

「そうですね、食料はまだあります。そうなるとお茶会ではなく晩御飯の用意ですね」

 なんだかんだ色々を妄想したり、話しあったり、誤解を解いたりしているうちに、太陽は大分傾き始めていた。
 時間的には少し早いかもしれないが、今日1日くらいゆっくりしても罰は当たらないだろう。

「晩御飯はカレーがいいな〜なんだか今凄くカレーが食べたいヨ!」

「そうですね、手間もかからないし、今日の晩御飯はカレーにしましょう」

「やった〜!!」

 カレーが食べられると喜ぶマオ、その反応になんだかつられて嬉しいアニー。
 なんだか今回は平和に終わりそうだな、とヴェイグは心の中で安堵する。

  「もう、毎回こんな流れでいいと思うのだが……」

 毎回場を収めるのに密かに活躍したりしなかったりするヴェイグは、思わず自分の口から出た言葉に少し驚いた。
 クレアが居て、仲間が居て、もうすぐ最後の決戦が近いと分かっていても、
 なんだか安心してしまうこんな環境に、今日もヴェイグは複雑な笑みを浮かべていた。
 そんなヴェイグの耳にマオの叫び声が届く。

「あー、ティトレイが倒れたヨ!」

 声が聞こえたと同時に声の方に視線をやると、本当にティトレイが倒れていた。
 ティトレイの近くには見慣れたティーカップが転がっている。
 なんだかもう皆慣れているのかそんなに慌てる様子が無い。

「まぁ、大変です。すぐに手当てを!!」

 すぐにアニーがティトレイの側に駆けつけチャージ・ヴィントを発動する。
 なんだかアニーの台詞が棒読みだったような気がしないでもない。

「アニー、この場合チャージ・ヴィントではなくパワー・クラフトだと思うんだけど?」

「ティトレイさん、しっかりしてください。R・エリキシル!!」

「ア、アニーってば……」

 マオの話をスルーしながら、アニーは何だか効果が違うような術の発動しまくる。

「な、なんだか日に日にアニーが凶暴になってないか……?」

「そうかしら? アニーさんは一生懸命なのよ」

 アニーには決して聞こえないような小さな声でヴェイグが倒れているティトレイを見ながら呟いた。
 そこにピーチパイを手に持って戻ってきたクレアがアニーに笑顔を送る。
 もう誰もティトレイの心配なんてしていなかった。
 いくつもの修羅場と峠を越えてきたティトレイを皆信じているのかもしれない。
 あれが一生懸命なのか……? と苦笑するヴェイグにクレアは満面の笑みアニーの元に駆け寄っていった。
 ある意味一生懸命だが、もっと良い事に一生懸命になって欲しいな……と、願わずには居られないヴェイグなのでした。




〜おまけ〜

 食後の団欒(だんらん)。
 アニー離席中。
「ティトレイ、折角かわしたのに結局飲んじゃったんだね〜アニーが入れたお茶」

 マオは、手を頭の上で組みながらアニーがティトレイのカップを片付けなかったのを思い出す。

「ティトレイのことだ、残しては勿体無いと思ったんだろう」

 火に薪をくべながらユージーンが苦笑する。

 こっちもこっちで胃が危ない。

「もう少し学習能力をつけないと次は本当に死ぬわね」

「今も相当危ない思うヨ、まぁそこがティトレイの長所でもあり短所なんだけどネ」

「なんだかどっかの博士に似てきたな……」

 ヴェイグの発言に、みんな苦笑するしかなかった。



〜後書き〜
はい、ここまで読んでいただいてありがとうございます、津名勘です。
今回もアニーが凄い暴走気味ですが書いていて楽しかったので良し!
にしても、確かこれ書き始めたの去年(2005年)の10月だったような気がしないでもない。
8ヶ月もかかっているこの作品、いかかだったでしょうか?
間が開いたので話的におかしな所はあるかもしれませんが、なんとか書き直して完成できました。
この話、ラストまで苦笑続きです。
何回苦笑って書いたことか、勉強不足ですね(^^;)
それで、今まで書いた短編の中でも内容がしっかりしている物で過去最長を記録しております。
これ始めの予定では拍手ネタだったのに……(爆)
本当に無駄に長くなってUPが遅れた事をここを読んでくださっている方々に謝罪申し上げます。
感想など頂けると嬉しいです、管理人への連絡手段豊富なサイトなのでよければ1言送ってくださいませ。
今回は珍しく没無しになっております、夏休みは多忙予定なのでまた更新など延び延びになりそうですが、
気長に待っていただければ嬉しく思います。
それでは、また次回まで御機嫌よう(^^)

UP時期:2006年7月4日