ネバーギブアップ 2話

『修羅、起きなさい。修羅』

「んぁ……、もうちょっとだけ……」

 母さんの声がする中で、僕は夢を見ていた。
 小さい時、家族と行った水族館。
 お母さんが居て、お父さんが居て……
 そして……

「……いつまで寝ているのよー いい加減にしないと仲間を呼ぶのよ〜」

「…………呼ぶな、キャサリン」

 幸せな夢が台無しだ。
 あの声も夢なのか、夢の中で夢を見ていた僕って一体……

「お前がノロノロしているからなのよー ほらほらキリキリ動かないと5分にはここは仲間でいっぱいになるのよ〜」

「…………」

 これはアレか、僕は一生をゴキブリに脅されて生きないと駄目なのか?
 くぅ、本人(?)に言えない自分が恨めしい……
 僕は眠たい目を擦りながら、のそのそと身体を起こした。

「アホ面でボケーとしていたら駄目なのよー あ、マイケルなのよー いい朝なのよマイケルー」

「やぁ、キャサリンご機嫌麗しゅう」

 目の前で繰り広げられるゴキ仲間の朝の挨拶を、見なかったことにしながら着替え始めた。
 それはそれと何か、ゴキの名前は全て洋風って決まっているのだろうか?
 なんかテレビで物の紹介しながら売ってそうな名前だ。ってかゴキブリは普通喋らないよな…… もしかして僕の耳が変!?

「にしてもキャサリン、昨晩はパーティーに呼んでくれてありがとう。とっても楽しかったよ。
 して今日は僕の家でパーティーを開こうと思ってね、是非キャサリンも来てくれたまえ」

 気取りながら触覚を払う姿は、どこかのアニメで出てくるお金持ちの男子を想像させる仕草だ。

「楽しんでくれてよかったのよーパーティーは是非行かせてもらうのよ〜」

「じゃあ、また夜に。楽しみにしているよ」

 紳士的なマイケルは僕の家の居間を横断してどこかへ消えていった。
 パーティーって、ゴキブリがパーティーって、何をするんだろう、踊るのか?
 あぁ、この世の中は一体どうなってしまうんだろう……
 早く用意をしないと本当にこの家がゴキで埋め尽くされそうだ、恐るべしキャサリン……

「好評だったようで何よりなのよーさて、今晩は何を着ていこうなのよー」

 着るのか!!! どこに、何を!!!
 もうその光沢のある体は十分目立ってるって……

  「修羅〜 学校行こう」

 窓の外から元気な声が聞こえてきた、この声は幼馴染の明(あかり)だ。

「おはよう。今日も元気だなーもう少しだから暫く待って」

 窓から顔を出しながらそう言うと、僕はキッチンにあるテーブルに足を進めた。
 確か、籠の中に林檎があったはず。

「あれ……? 無い」

 昨日は確かにあったはず、どこに消えたんだ僕の朝ごはんの林檎……
 僕が首をかしげていると、キャサリンが近くの冷蔵庫の上から表れた。

「何をしてるのよー下等種族と言えどレディを待たせるのは感心しないのよー」

 冷蔵庫の上から華麗に舞い降りたキャサリンはポトッと軽い音を立てて流し台に着地した。
 このまま水をかけたら流れるだろうか……

「いや、朝ごはんが見当らないなーと……」

 しつこいが、昨日は確かにあったはず。

「しょうがない馬鹿なのよ、朝ごはんってのは果物かなにかなのよー?」

「林檎……」

「林檎? あのテーブルの籠に乗ってたアレなのよー?」

「そうだけど……ま、まさか」

 その言葉に僕は嫌な感じがした、それはもう恐怖で身体が小刻みに震えるくらいに。

「それなら、昨日パーティに出したのよー」

 ………………………………………。
 案の定か、もう悲しくて涙も出ねぇ。
 人生って儚いね。

「どうしたのよーさっさと動いてさっさと行くのよ〜」

 くっ、このゴキブリは……人の朝ごはんを食べておきながら。
 でも食べたものはしょうがない、諦めよう。

「今度から食べる前に1言言ってく……」

「面倒なのよー」

 僕の言葉を遮ってキャサリンが答える。
 僕の意見は聞く耳なしですか……
 ってか、あの林檎をゴキブリが食べた? パーティーに出した? 集まって食べ……
 これ以上は考えないで置こう。






「最近ゴキブリが多くないか?」

「ぶふぉっ!」

 学校の屋上でいつも通りに昼ごはんを食べていた僕は仲間からのこの1言で咀嚼していたパンを噴出した。

「うわ、汚っ!! 噴出すならあっち向け、あっち」

「ご、ごめん」

 でも、食事中にゴキの話はどうかと思う。 TPOを考えろ。

「急にゴキの話なんかするからだ、嫌いなの知ってるだろ」

「いや〜 悪い、忘れてた」

 信じられるかボケ、わざとだな、わざとだろ、わざとに違いない。

「ほら、でも多いのは確かだろ、俺ん家の台所なんか凄いの何の! 夜中に水飲みに行くとササササッと動……」

「それ以上言うとお前の昼飯はチリと化す」

 僕は学校指定のスリッパを脱ぐと、仲間A曰く、鉤(まがり)の昼飯に狙いを定めた。
 これ以上言ったら飯潰すぞボケッ!

「便所スリッパで何してんだよ汚い」

「便所スリッパ言うな、同じだが断じて便所スリッパじゃねぇ」

「いや、どこをどう見てもそれは便所スリッパだ」

「「……………」」

 一方的に暫く睨みあっていた僕と鉤だが、そんな僕らを見かねた明が口を開いた。

「まぁ、でも本当よね〜 なんだか今年は一段と多いよ。昨日はなんか見なかったけど」

「あぁ、確かに昨日は居なかったな〜 何故か」

 それは僕の家に集まってたからだな。なんて人、いやいやゴキ脈が広いんだキャサリン……
 これでますます逆らえなくなってきたぞ。大丈夫か正義修羅。

「私の家なんてホラ、お母さんがゴキブリ駄目だからさ。私の気が休まる時がないくらい」

 そんなに!? マジで!?

「俺ん家は姉ちゃんだな〜 台所でる度にぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー五月蠅いの何の」

「………………」

 これは洒落にならなくなってきてるぞ、ゴキブリが人類の上に立つのも時間の問題か?
 いや、それだけは阻止しなければなるまいて。
 いやまて。って事は何か、ものすっ…………ごく嫌で認めたくないが、現在ゴキブリ側のキャサリンの手足と化してる僕は人類の敵って事になったりするんですか!?

 待て待て待て、それはあまりにどうだろう、人類的にどうだろう、僕の人生的にもどうだろう。

「でね〜、一昨日なんて……」

「俺ん家も凄いぞ」

 ってかそこ! ゴキブリ自慢はいい加減にしろ。
 って言うか、その前に真面目にTPOを考えろ、昼飯時だっての。






 暗い暗い一室で、結構な数匹のゴキブリが丸い大きなテーブルを囲いながら、ざわつきつつ何やら話し込んでいる。

「ここの配置はどうなっている?」

「はっ、ここにはあと2部隊配属予定です」

 テーブルの上には大きな地図らしき紙が広げられ、1匹が身を乗り出して一部を指している。
 どうやらこの1匹がボスらしい。

「ここはもういいだろう、ここを撤退させ、ここに集結。集結後この家に住み着きゴキ数を3倍にするのに全力をかけるのだ」

 ココとココと……等言いつつ、足で器用に示しながら的確な命令を下している。

「どうやらキャサリンは上手くやっているようだな」

『      !』

「はい、何だかんだいって腕は確かなようです」

「うむ、これでひとまずは安心だ」

 腕を組みもう1組の手で触角を撫でるボス。どうやらご満悦のようだ。

「あ、それとボス。ここのショッ……ボイ罠の事ですが」

 また違うゴキが手を上げてショボさをアピールしたいのか溜めて発言した。
 ちなみにショボイ罠とはゴキブリホイ●イの事である。落ちたな人類。

『   、しゅ !』

「それは避ければ問題なかろう、無視だ無視。あとバルタンとか何とか言う奴については……」




『いい加減にしろ、正義修羅!!!』

 スパーンといい音がした。
 暫くボーっとしてたらジンジンと頭に痛みが……

「いて……」

「感じるのおせぇよ!」

 鉤がここぞと言わんばかりに突っ込んでるがこいつはほっといて。
 状況がいまいち……

「正義、授業中に居眠りとはナイスな度胸だな」

 稲? 稲刈りはもう少し先だろう。今は夏だ。

「そんなに俺の授業は暇か、暇なのか、暇なんだな」

「先生、もう2・3発殴ってやってください。まだ寝てます、正義。」

 なんか鉤が余計なことを……

「何! 本っ当にいい度胸してるな正義……」

 先生、目が据わってます。
 んっ? この状況はなんだかヤバ……

「起きろ馬鹿もん!!!」

すっぱーん!!

「いっ……」

 もの見事に先生の丸めた教科書が僕の頭にクリーンなヒットを決めた。
 クリーンなヒットって何、ヤバイ変なところ打ったかも。
 でもおかげで頭がはっきりした。
 僕はどうやら昼1発目の授業で熟睡してしまったのか。
 って事は、あの無駄にリアルなゴキ会議は夢……
 バルタンってどこの星人だよ、バル●ンだろ。
 嫌な夢見たな……おぇ。

「じゃ、授業を……」

キーンコーンカーンコーン

「先生! 授業終わりです。大変、名残惜しいですがそろそろ 終 わ っ て く だ さ い」

「………………」

 委員長の言葉に、先生はしぶしぶ授業を終わると僕を睨みながら教室を去っていった。
 昼飯後は眠いんだよ、と軽く逆切れしてみる。

「お前、気持ちよさそうに寝てたな〜 教室凄かったんだぞ」

「凄い? 何が?」

 まさか寝言とかよだれとか!? それはないか。

「出たんだよ、ゴキブリが」

「そうそう、なんだか変なゴキブリでさー 無駄に素早くて逃げたけどあのゴキは、ただゴキじゃないね」

 只者の新語がココに誕生した。ただゴキってのはどうなんだ?

「リボンつけてるしね〜」

「そうそう、ゴキブリなのに」

 リボッ……!?
 おいおいおい、まさか……

「そのゴキって喋ったりなんかは……?」

「ゴキブリが喋る訳無いじゃん」

「だ、だよな〜」

 きっぱり言われてなんだか心底ホッとした。
 やっぱりゴキブリは喋らないよな、僕の耳はまだ正常だ。
 ってか、そのゴキブリはキャサ……いやいや、忘れよう。
 1人うんうんと頷いていると横から鉤が出てきた。
 なので1発ぶん殴った。
 鉤はかなり痛がってたが無視しよう。

「でも最近本当にゴキブリ多いよね〜」

 またその話題!? もういい加減にしてください。

「そういえば、隣のクラスにも出たらしいな、そっちはなんだかチョビヒゲつけてたとか」

 チョビヒゲ!!?

「うんうん、あと3年生の教室には蝶ネクタイつけたゴキとかも目撃されてるって聞いた」

 蝶ネクタイ!? どうなってんだよ、ゴキブリ!?
 いや、いちいち驚きすぎだ修羅、落ち着け正義。

「もしかしや正義は喋るゴキブリ見たとか?」

 “いやいや、見たも何も、ただいま喋るゴキのパシリです”とは、とてもじゃないが言えない。

「いや、喋るゴキブリがいたら、即効で天に送り付けたくなるような気味悪さだろうな〜と思っただけ……」

「でもこんなに色んなゴキがいたら喋るゴキブリもありだよな、きっとそのうち服着たゴキブリとか出てくるんだぜ?」

 クラスメイトは冗談で言っているんだろうけど、服着たゴキは今夜には表れるんじゃねーの? 軽くやけっぱちになってみたり。
 でも、これは昼休みに続きどうなってんだ。今頃キャサリンは何処に……

「あ〜ぁ、ゴキブリの話なんかで盛り上がって馬鹿じゃないの?」

 教室の端で本を読んでいた女子が声を張り上げた。
 おぉ! もっと言ってやれ、名前は……覚えてないけど。

「馬鹿っていった奴が馬鹿って知ってるか?」

「お前は小学生か」

 本当、まさに小学生レベルの言い合いだ。一応ここ高校だから。念のため。

「はい、そこまで。次の授業始まります。つまんないことで言い争ってないで、席に座りやがれ」

「ぐはっ!」

 突如現れた委員長の右ストレートが小学生レベルの男子に決まった。
 見事です、委員長。
 心の中で拍手をしてしまうほどの技のキレに感動が……

「みんなも大人しく座って待っていてください。文句がある人手を上げて」

 にっこりと笑いながらクラスと見回す委員長。
 この状況で手を上げる人なんか居る筈もなかった。
 男子がダウンしたのを見ながらクラス一同、一心不乱に首を横に振った。





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UP時期:2006/5/17