ネバーギブアップ 3話
「キャサリン、なんで学校に居るんだよ。危ないだろ、色んな意味で」
いや、本当に危ないじゃん、色んな意味でね。
5時間目の授業が終わってすぐ、僕はキャサリンを探しに廊下に出た訳だ。
キャサリンはというと、屋上に続く階段の上でなにやらカサカサと忙しなく動いていた訳で。
結構すぐに見つかったことになんだか拍子抜けしつつ僕はキャサリンに話しかけた。
キャサリンは一瞬触覚を揺らすと、ゆっくりとこっちを振り返ったわけだが……
どうも話しかけ方が悪かったらしい(自覚済み)。
「何でお前の言うこと聞かないと駄目なのよー私だって学校に用があったのよー」
「ゴキが学校に何の用なんだよ……」
「ゴキゴキうるさいのよーゴキにもゴキ権はあるのよ〜あんまりうるさいと訴えるのよー」
人権ならぬゴキ権……ゴキも奥が深い。無駄に深い。侮るなかれってか。
「……まぁ、とにかく。何の用があったのか知らないが、僕の周りをウロウロするな……いやしないで下さい」
睨んでる、多分睨んでる、キャサリンがこっち見て凄い形相で睨んでるって。
「勘違いしてるようだから言ってあげるのよー お前が 私の 行く先に でしゃばってる のよー
私が可愛いからってストーカーはいけないのよ〜」
顔を長い手で覆いながら顔を左右に振るキャサリン。
照れてるつもりか……誰が好んでゴキのストーカーせにゃらなんのだ。
自惚れるなキャサリン。と思うだけで言えない自分が毎度ながら情けない。
「まぁ、ともかく。用件はそれだけなのよ〜? 私は多忙だからもう行くのよ〜」
キャサリンはくるっと身体の向きを変えると僕に背を向けて歩き出した。
「あ、ちょっおい……」
「お前は早く帰って寝るといいのよ〜」
僕が叫んでもキャサリンは1言だけ発すると、構わず先に進んでいく。
そして、あっという間に見えなくなった。
流石ゴキ……逃げるのも早い。まぁ、本人(?)は逃げてるつもりはないんだろうけど。
でも、せめてもう少し人の話を聞いても罰は当たらないだろうに。
* * * * * * * * * * *
「た、ただいま……」
疲れた、すげぇ疲れた。何なんだこの疲労感……
まぁ、色々あったし。今日1日ゴキの話以外してないような気がするのは気のせいか。
「やぁ、キャサリンの下僕ではないか。遅かったね」
自室に入ってすぐ、なんだか部屋の中央の方から声が聞こえた。
なんだろうと思って早足で進めて確認してみる。
「…………」
な、なんだコイツ……人の部屋でなにくつろいでんだよ。
ってか、誰だよ。誰って表現も変な気もするが。
「おい、下僕。ボクの事は無視かぃ? いい度胸じゃないか」
げぼ……? あぁ、僕のことね。えぇえぇ、そうですとも。もう開き直ってやる。
とか思いつつ心で泣けてくるのは何故だろう。
「あ、コンニチハ。あの何か……」
「安心したまえ、下僕には用無しさ」
何だ、何なんだこのゴキブリは。キャサリンと同じくらい偉そうだ。
ゴキってのは皆これぐらい偉そうだったりするんだろうか?
「偉そうも何も、ゴキブリってのは偉大な生き物なのさ、そこんとこ肝に銘じておきたまえ」
「あぁ、偉大ね。偉大偉大……ってお前!?」
「はっはっは。劣等種に“お前”って呼ばれてしまったよ」
「違う、問題はそこじゃなくて……」
なんだこいつ、まさか人の心を読んだのか? 待て、待て待て待て。
かなりの動揺の色を見せる僕を尻目に、このゴキは多分笑ったままだ。
何がそんなに可笑しいのか理解に苦しむ。
「箸が転がっても面白い年頃なのさ、劣等種には分かるまい」
うわぁ、凄い馬鹿にされてる。ってか人の心を読むな、人の心を。 プライバシーの侵害だろ。
「劣等種にもプライバシーってものがあったのかぃ? うわぁお、驚きだね。はっはっはっ」
ゴキに言われると人生が終わりを告げたような錯覚に……
くそ、いつかきっと反撃……
「やれるものならやってみる事だね、無駄に終わるのが目に見えているよ」
ぐっ! は、腹立つ……
なんだよ、やってみないと分からないだろう。
「それぐらいにするのよー ジョージ、からかい過ぎると駄目なのよ〜」
ジョージ!? マイケルに続きジョージ!?
「なんだ、マイケルに会ったのか? 劣等種」
「……今朝」
「ジョージ、また力を乱用してるのよー 駄目なのよ〜」
心底呆れたような口調で偉そうなゴキ改め、ジョージに話しかけるキャサリン。
この様子だとジョージは自分の能力を日々乱用してるらしい。ってか、こいつの能力はなんなんだ。
「僕のこの能力は極秘なのさ。劣等種ごときに教えられないね」
はっはっは。胸(だと思われる部位)を張りながら自慢げなジョージ。
極秘も何も、能力自体は謎だが力に関してはテレパシーに思えてならないのは気のせいか……?
「な、何故それを!?」
どうやら図星だったらしい。ゴキって結構単純なのもいるんだな。
それはさておき、異様に驚きながらこっちを見るジョージ。
知らないと思ってたんだ。それはあまりに人間を馬鹿にしすぎだと思います。
「だから言ったのよー 調子に乗りすぎるのがジョージの悪い癖なのよ〜」
ふぅ、とため息交じりで呆れたように言うキャサリン。珍しくキャサリンに同意してしまう。
ゴキも人間みたいに生きてるんだ……と今更ながら実感してしまう。
「ふ、ふん! 少しは賢いようだな。これでボクに勝ったと思うなよ。
まだまだ序の口、こんなことで引き下がるボクではない」
なんだか凄いおおごとになってきてるような気がしないでもないが、焦るジョージ。
引き下がってくれよ……と切実に思う。まぁ、目で訴えておけばテレパシーで届くと思うから、目で訴えておく。
「劣等種ごときに負けてなるものか! 覚えておけ、我が永遠のライバル☆」
「らいばるぅ!?」
衝撃的な言葉に声が裏返る。
☆とかさ、そんな軽いノリでサラッと凄い事を宣言しないで下さい。
ゴキのライバルなんかいらないよ。
僕の心情をお見通しの癖に気が付かないふりをして夕闇に消えるジョージ。
一体何しに来たんだ……
「テンションが上がると何やらかすか分かったもんじゃないのよー。じゃ、私もちょっと出かけてくるのよー」
「え、あ、うん。いってらっしゃい」
“いってらっしゃい”とか言いつつ、もう帰ってこなくていいよ。と心の中でコッソリと言っておこう。
ジョージが居たら出来ないな……
「それとお前はちゃんと寝ておくのよ〜 風邪が悪化しても知らないのよー」
「風邪?」
風邪って、まさかこの怠さは風邪の初期症状か?
指摘されて戸惑う僕を見たキャサリンは呆れたように言い放った。
「折角私が学校で忠告したのに、お前気が付いてなかったのよー どうしようもない馬鹿なのよ〜アホボケカス」
そ、そこまで言わなくてもいいだろう。ってか分かりにくいんだよ、忠告が。
「とにかく風邪を引かれたら面倒なのよー まだ初期だから手頃なビタミン剤でも飲んでとっとと寝るといいのよー」
「面倒? なんで……」
僕が最後まで言い終わる前にキャサリンはジョージと同じ方角に颯爽と消えていった。
残された僕はどうも引っ込めなくなった言葉を溜息として吐き出した。
それにしても、ゴキ種洋風名前説は何だか立証されつつあるな。
次はどんな名前が出てくるんだろう。
キャサリンだろ、マイケルだろ、ジョージだろ。
…………フレッド辺りか?(ハ●ー)
こんな事を考えてもしょうがないか。
キャサリン、キャサリンね。そういえばキャサリンと知り合って1日なんだけど、もう大分慣れてきたよ。
慣れって本当に恐ろしい……
「ふぅ……。本当にあの自己中心的にも程があると思う」
そういえば、この1日でゴキブリが大丈夫になった気がする。
まだ近づかれると数歩後ずさるが、昨日よりは見れるようにはなったかな。
……複雑だ。
まぁ、とにかく今日はキャサリンの言う通り早く寝ることにしよう。
僕は自分のPCに何も届いてないのを確認すると、服を着替え始めた。
PCにメールが届いてないのはいつもの事だし、別に両親に早く帰ってきて欲しい訳でも決してない。
でもなんでだろう、PCの着信メールをチェックする度に心の中が少しずつ冷たくなる……
1度でいい、1度でいいんだ。
「はは、馬鹿だな……」
何にもならないことは分かってるはずなのに。
そこまで考えると頭を振る、思いっきり振る。
こんな事思ったら駄目なんだ。
「よし、寝るぞ〜、人間暇な時は寝るのに限る!」
別に暇な訳でもないんだけどさ。
まぁ、とにかく寝よう。
明日もきっと、大変なんだろうから……。
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UP時期:2006/5/17